【2003.3、22 公衆浴場文化とその再生】
「講演を終えて、鶴之助の感想」 No3
日本の都市生活史の中で、いかに銭湯が庶民の暮らしの中に浸透して、育まれてきたことが、歴史的な資料を交えたお話でよくわかりました。
また、銭湯がもつ日本独自の文化コミュニテイーとしてのユニークさや重要性を再評価すべきとの先生方の共通した認識も銭湯経営者として心強く思います。
銭湯は、最近の世知がない世の中で、個人が、地域社会の中の一人の人間であることを「ハダカ同志の空間」の中で改めて認識させてくれる数少ない場所であると思います。
健康、癒し、娯楽、コミュニテイー、と銭湯には、人間が余暇に求める要素がすべて詰まっているようにも思います。そう言う意味で、銭湯には、都市生活のひとつの集客施設として大きな可能性を感じます。
只、銭湯経営者の立場から言わせていただきますと、現実的には、銭湯は長期低落傾向が続いています。
京都の場合、1日の銭湯利用者は100人に1.3人(1.3%)ととても市民生活に浸透しているとは言えない数字です。
実際、都市の生活者の余暇の温浴指向は、銭湯よりはるかに大型のスーパー銭湯やテーマパークや、温泉旅行に向いています。日本の伝統的な地域コミュニテイーなどかえって面倒だ、知らない広いところでのんびりしたいという傾向が強いと言えます。
変な例えですが休みの日は、大阪の難波花月で岡八郎の吉本新喜劇を見るより、神戸のオリエンタル劇場でSMAPのミュージカルが見たいと思う人の方が多いみたいな。(私は岡八郎の方が見たいですが。
(^^))
ここで私が言いたいのは、銭湯が低落傾向にあるのは、内風呂が普及して需要がなくなったのではなく、ニーズの変化に我々銭湯業界が対応しきれなかった事がその主たる原因だと言うことです。まだまだ、努力が足りないと思ってます。吉本新喜劇も役者、演出を一変させて現在、存続、再生しています。
今まで通り、キッチリ掃除をして、レトロな店の景観やタイル絵を維持して、銭湯の昔ながらの雰囲気や風情を保って、銭湯が見直されるのを只待っているだけでは、何も状況は変わらないでしょう。
そういう素朴な銭湯がスキだっていうマニアの方もたくさんいらっしゃるし、それ自体はありがたいのですが、銭湯が地域の身近な存在となる(銭湯の再生)為にはもう一工夫も二工夫も必要だと思うのです。
つまり、今こそ、新しい銭湯のコンセプトを利用者に業界が提案する時期が来ていると思います。
もちろん、古いものを全部捨てろっていうことではありません。伝統的な銭湯のもつ味わいを活かしつつ、利用者に行きたくなるような演出をする事です。銭湯が少し見直され始めている今こそ、それを後押しするような仕掛が必要です。
先生方のそんな具体的な提案も聞きたかったのですが、時間もなっかたせいかその辺のお話は殆ど聞けませんでした。
実現は難しいかも知れませんが、CMでキムタクか藤原紀香を起用して「そうだ、銭湯へ行こう」みたいな洒落た映像でも流せばかなり効果あるでしょうが、組合にそんな予算もないでしょうから、地道な宣伝とイベントが最重要かと思います。
思いつくまま、鶴之助の銭湯活性化案並べてみます。
@銭湯祭りで、年1、2回地域の人達と協力してお風呂縁日を開催、屋台を出す。
A学校や行政とタイアップして、各区毎に銭湯MAPをつくり、親子スタンプラリーを実施。各区のお風呂全部廻った小学生にはお風呂博士の認定書と土曜日入浴無料手形(小学校卒業迄)贈与。
B行政と病院などと協力して、70才以上の老人の入浴、健康診断。
Cコンサート、集会、フリーマーケットの場として銭湯の利用してもらう。
D土曜日は思い切って、大人同伴の子供無料デーとして開放する。(親子のふれあい日)
E風呂屋でコンビニサービス。(宅配荷物取り扱い、クリーニング、レンタルビデオ等)
Fお年よりの役所への手続きの代行や老人介護など福祉の相談窓口となる。
G学区内の運動会やハイキングなど地元の体育振興行事の後、大人と子供のふれあいの場して銭湯利用してもらう。
もちろん、もう既に実施されていることもあると思いますが、もう少し大々的にやる必要があると思います。
具現化するには、色々問題もありますが、いずれにしろ、地域社会や行政との連携が不可欠だと思います。
皆さんにも何か、他にいい案ありましたら、是非ごお聞かせ下さい。
文化人の方々の応援のメッセージをいただいて「未来の銭湯のあり方」にとても希望が持てるいいシンポジウムでした。